きみの大切になりたかった

 ぱちぱちと軽やかな音を立てて、くべた木の枝が燃えている。写真機を持ち上げて、ヒビの入ったレンズを覗き込んでみる。焚き火に適した枝の探し方すら知らない女の顔が、レンズの向こうにぼんやりと幻視されては火にくべられていった。
 持ち主は死んでいる。キィニチの不在中、居直った強盗に突き飛ばされて頭を打ちつけたらしい。当たりどころが悪かった。夜遅くにキィニチが帰ったとき、女の体はすっかり冷たくなっていた。
 突き飛ばされたときに吹っ飛んだか、脱力した腕から零れたか。一度も取り落とされることなく、濡らされることもなく、女の愛を恣にしていた写真機は、たった一度の衝撃でうんともすんとも言わなくなってしまった。形見だと言っていたから、もう寿命も近かったのかもしれない。シロネンに修理を頼んでみたが、だめだった。既に現像していた写真を大切にしてやれと言われた。
 そっと写真機を置き、束ねた写真を手に取る。
 海。夜明け。建造物。山。グレインの実。モコモコ駄獣の群れ。気球。七天神像。クク竜の親子。戦士。子供。クビナガライノ。サイチョウと仔ユムカ竜。ブラウンディアの群れ。ユムカ竜と戦士。フレイムグレネード。フライングモモンガ。聖火競技場。
 花翼の集の港から、ウィッツトリの丘を通り、川を迂回して、聖火競技場へ。足跡が見えるかのようだ。フォンテーヌから来た女だ。何もかもがナタとは違っていて、何もかもが新しかっただろう。心を揺らしたもの全てが記録として遺されているのは、遺された者としては幸せなことなのだろうか。
 俺は幸せなのか——自問したが、分からない。確かに母の遺作は彼の心を慰めたが、穴の空いた心の全てを埋めてくれるわけではなかった。彼女の遺した写真は、彼に真新しくナタを歩かせたが、同時にもう二度とは戻らない日々をまざまざと見せつけていた。
 静かに現像を待つ彼女の姿が脳裏をよぎる。あの静謐さと対照的に、女の撮る写真は、全て妙にいきいきと踊っていた。冷えた無機物や腐りかけた果物でも、彼女に撮られれば新しい命を得てステップを踏み出すようだった。
 手から一枚の写真が躍り出たとき、キィニチは正しくそれが踊り出したのだろうと思った。枝の弾ける音を拍にして躍り出た写真は、光に惹かれるようにして焚き火の中に飛び込んだ。
 ぱちぱち。
 炎に呑まれる。黒く焦げた端から、落ちるようにして焼けていく。
 一枚が燃えて尽きて無くなるまでを見届けると、キィニチは次の写真の手を取った。まるで社交ダンスのように投げてやると、やっぱり写真は喜んで火の中に飛び込んだ。
 また、焦げて、焼けて、燃えて、黒い煤になるまでを看取って、また、次の写真をくべる。それを何度も繰り返す。最後の一枚をくべて、再び写真機を抱き上げる。
 「父親の形見だから大切にしているのだ」と女は言ったが、どちらかというと「大切にしていたから形見として譲られた」方が近いのだろうなと考えていた。
 静かに、砂漠を満たす流砂のように、写真機は手から滑り落ちていった。ガシャンと音を立てて落ちた先は、火の中だった。


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