名も知らぬ英雄の唄
この国で生き抜くことは文字通り奇跡なのだと、救援に向かうたび思う。
懸木の民の端にある集落から救援要請があった。無線の向こう側は阿鼻叫喚で要領を得なかったが、十中八九アビスの残党に襲撃されたと見ていいだろう。もちろんキィニチが一番近いので、第一次の救援として真っ先に駆けつける。しかしそれでも遅かったようで、集落のあった場所には点々と死体が転がっていた。
首のもげた者。はらわたの飛び出た者。一目で明らかに死亡しているととれる者は後回しにして、比較的外傷の少ない者から脈を確認していく。どの体もまだ温かかったが、声をかけても揺さぶっても反応はなく、心臓は止まっている。
それでも生存者がいるかもしれないと今度は外傷の激しい者を調べた。もし本人を助けられずとも、他に避難している者の情報を得られるかもしれない。残酷なようだが、最大多数を助けるためには重要なことだ。そんな僅かな希望もむなしく、死亡確認のとれた死体ばかりが増えた。
一、二、三、四……死体を数えるのは好きじゃない。個として生きてきたはずの命が、急激にその唯一性を失って数となる。数えていくうちに、茂みから伸びた足に気づいた。一瞬期待が首をもたげたが、覗いてみるとはらわたが飛び出している。魔物の爪によって真一文字に切り裂かれたのだろう。もし生きていて、傷が完治したとしても、アビスの侵食によって、長くは生きられない。
声をかけてみるが、動かない。揺さぶってみるが、反応は無い。やはりダメかと思いながら、脈を取ろうとキィニチは手首に手を伸ばした——その手を、死体が掴んだ。
「……!」
息を呑む。生きている! 光を失った瞳がかすかに動いて、キィニチを視認した。何か喋ろうとしているようだ。口からごぼりと赤色の泡を吐く。
「……えんじん、さま?」
キィニチは一瞬目を見開いたが、すぐにふっと影を落とした。何も見えていないのだろう。やはり、もう助けられない。
「えん、じん……さま。わたし……だめでした。まも、れなかった」
右手が何かを探すように動いた。そばに折れた片手剣が落ちている。その柄を握り込ませてやると、ほんの少し、表情が柔らかくなった。
「アビスの、おおも、とは……えんじ、ん、さまが、たおした……って。だから、ざんとう、だけ……なら、わたしでも」
ごぼりと血が溢れた。この女の発言を止めるか悩んで、キィニチは黙って聞くことにした。止めたところで、悔やみながら死んでいくだけだ。
「でも……」
血の飛んで乾いた目尻が滲む。
「でも…………」
キィニチの手を握る力が強くなった。キィニチは黙ってその続きを待ったが、握る力は弱々しくなっていくばかりだ。キィニチは悩んだ。他の人々は助かったと伝えれば、この女は満足するだろうか。否、そんな虚構は慰めにもならないだろう。代わりに乾いた手のひらで女の手を握り込んだ。
「あなたは強かった」
ぎゅうと手を握る。女の手のひらはまめとタコでいっぱいだった。祈るように手を握り込んで、次に女の顔を見ると、既に事切れていた。
遺体のカウントを一つ増やした。残った魔物はいない。相打ちだったらしい。
第二次救援を断る無線を入れて、キィニチは身元の確認を急いだ。キィニチに手を握られながら死んだあの女は、帰火聖夜の巡礼で、一回戦敗退の常連だった。