竜と龍と祈りのはて
竜を狩ったらしかばねが残る。その場で血を抜いて、肉は自分たちが食べる分を確保し、あとは売る。骨や皮、うろこ、羽なんかもそこで売る。状態の良いものはそのまま加工されて武器やかばんや装飾品になるし、悪いものは砕かれて作物の肥料になる。
竜を解体していくなかで、いっとう硬く輝くのが牙だ。牙には魔除けの力が宿ると信じられている。中でも質の良いものには、部族ごとに伝わる紋様が彫られる。その紋様は竜の牙の力を最大限引き出し、さらに強い魔除けの効果を発揮するとされる。
——らしい。ここ数日、竜の牙と睨めっこしっぱなしのキィニチが言うには。
「ナマエ」
不意に名を呼ばれて顔を上げると、キィニチが椅子から立ち上がるところだった。
「どうしたの?」
「少し、首を貸してくれないか」
「首?」
「紐の長さを見たい」
手の中に隠されるようにして、紐のくくられた竜の牙がある。十中八九、最近キィニチがかかりきりだったものだろう。
「完成したの?」
「ああ」
顔を少し下に向け、なんとなく目を閉じる。首の後ろにキィニチの腕がまわって、乾燥した指の腹がうなじを掠めた。
「うん、これくらいがいいな」
手の離れる気配がして、目を開ける。すると、ちょうど心臓のあたりに、力強く彫り込まれた意匠が見えた。
「すごい」
心の底から感嘆の声が出た。竜を象った外型の中に、懸木の民特有の美しい紋様が彫られている。中央のあたりに巻き葉のルーンと、その外側に幾何学的な紋様。これはまだ読み方を知らない。首を傾げていると、キィニチが口を開いた。
「龍よけのまじないなんだ」
「竜……もしかして、古い方の、龍?」
「ああ、合ってる。龍は竜を嫌うから、竜のおまもりを身につけていれば、龍に攫われることはない」
竜と龍。音にしてしまえば同じだから、だんだんと訳がわからなくなってくる。手の中でお守りを転がしてみると、裏側にも細かい紋様が彫り込まれていた。もはや執念じみている。これを身につけた人を、何から守りたいのだろう——龍から?
竜は龍を棄てた。龍として生きる道を放棄した。だから、龍は竜を忌み嫌う。
竜の牙は、龍を棄てた悲しみと、竜として生きる喜び、その双方を噛み締める。その果てに、魔除けの力が宿るとされている。
どうして、龍なのだろう。飼い慣らされつつも未だ脅威に変わりない竜でなく、龍から身を守るためのまじない。
「できるだけ、肌身離さずに付けていてほしい」
「え、くれるの?」
「言ってなかったか?」
キィニチはきょとんと首を傾げた。
「最初からナマエに渡すつもりで彫ってたんだ」
「そうだったんだ」
磨きぬかれて、小さなささくれも無くなった牙を撫でる。象牙と似たような素材なのだろうか。ずっと手の中に握り込んでいると、柔らかな温かさをまとうようになった。
「ありがとう。すごく嬉しい」
とたん、キィニチの口がゆるく弧を描く。分かりやすく柔らかな表情になって、どこかふわふわした声で「そうか」と言った。
「大切にするね」
「ああ」
妙に嬉しそうなのが可愛くて、ぎゅっと抱きついてみる。するとキィニチは困惑したような声を出して、付き合いたてのときみたいに、おずおずと背中に手を回してくるのだった。