わるいゆめ

 男に手を伸ばされている。この男には抗えないと何故か刷り込まれている。顔も分からない。思い出せないのに。なのにこの男に捕まったらもう駄目だと理性の部分が囁いてくる。悪あがきは無駄だ。逃げきれなかったお前の負けだ。あとはもう何も考えず時が過ぎるのを待つのがいい。子供の体で抗えるはずがないのだから諦めるといい。ろくに慣らされもしないまま小さな穴を暴かれている。みちみちと声にならない悲鳴が上がる。本来生殖には使わないはずの場所。本来異物を挿入されるはずのない性別。全てを無視して男が己に覆い被さっている。暴かれている。犯されている。痛くて苦しくて涙が出た。こんな小さな体で大の大人の支配欲を受け止め切れるはずがない。成長しきらない穴に無理やり押し込まれている。血が出ている。血が出たら潤滑油代わりで楽になるんじゃないかと淡い期待を抱いたけれどもあまり変わらなかった。男が耳元で何かをブツブツ呟いている。自分のものでない名を囁かれ続けている。ぐずりぐずりと腹の中で欲の塊が蠢いている。揺すぶられている。揺すぶられている。犯されている! いやだ。気持ち悪い——気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い! 痛い苦しい苦しい逃げたい!逃げたい逃げたい逃げたい逃げなきゃ逃げなきゃ! 助けてくれ助けてくれ助けて——

「キィニチ」

 ——おかあさん。



「——キィニチ、大丈夫?」

 女がこちらを揺すぶる手を止めた。顔をくしゃりと歪めて見下ろしている。いかにも、心配してました、という顔だ。不愉快だった。体の記憶に振り回されている。呼吸を鎮められない。動悸が治らない。汗で寝巻きが貼り付いて気持ち悪い。

「うなされてたよ。こわい夢みたの?」

 女がこちらに手を伸ばしている。容易く折れそうな腕に夢の男の腕がダブった。払い除ける。女は一瞬驚いたような顔をした。が、すくうように下から手を差し出し直した。

「キィニチの夢、わたしが全部みがわりになれたらいいのにね」
「……」
「そしたら、キィニチもぐっすり眠れるのにね。うなされなくって、すむのにね」

 あまりにも優しく引き寄せられ、ぎゅう、と抱き締められる——母のように。
 ぼろりと勝手に涙が溢れた。この体は、この女と離れたら死んでしまうのではないかと思った。いいこ、いいこと頭を撫でられる。背をさすられる。
 アビスに侵され、世界を正しく認識できなくなった女。かつてキィニチの心のやわい部分を、すべて引き受け、優しくあやしていた女。

「オレは」

 アハウだ。
 この白痴の女は、何度アハウの告解を聞いても、理解できない。いつしかアハウも訂正を諦めるようになった。
 乾いた唇を舐めた。ついぞ、声は出なかった。


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