羈絆と約束

 おのれが別世界から飛ばされてきた人間で良かったと思うのは、傷の手当てをしているときぐらいだろうか。医療の教育を施されておらずとも、最低限の衛生の知識があるということはこの世界では稀有らしい。傷口はとにかく清潔にする。空気はこまめに入れ替える。体温を保つ。ナタの医療水準は量りかねるが、まだ衛生の問題で命を落とす人は少なくないのだろうと思う。

「いつもすまない」
「ううん」

 腕に巻かれた包帯を解くと、痛々しい傷口が現れる。包帯は汚れているが、血はもう止まっているようだ。安堵のため息が出る。骨まで達する傷口を作って帰ってきたときはびっくり仰天動転、まさかと思えばそれを自分で縫い始めて唖然愕然呆然、化膿でもしてしまったらどうするつもりなのか。

「きつくない?」
「ああ」

 なお、キィニチが深い怪我を負って帰ってくるのは一度や二度ではないし、自分で縫っているところを見るのも初めてではない。キィニチが傷ばかり作って帰ってくるから、包帯を巻くのが上手くなってしまった。最近は特に多い。理由は話してくれないけれど。

「世話をかける」

 きゅっと包帯を結ぶと、キィニチは言った。言いたいこと、胸の内に押し込んだこと、全部見透かしたような声色だった。

「もう怪我してこないで」

 キィニチは押し黙って、しばらくして、小さな声で「すまない」と言った。

「約束してくれないの」
「できない」

 あまりの即答っぷりに少し悲しくなる。キィニチはできない約束をしない。それを手放しに喜べるほど器が大きければ良かったのだけれども、そこまでおおらかになるには、この世界の人々は死に近付きすぎている。
 ちょきん。ハサミが余った包帯を切り落とした。これでおしまい。普通の人なら神経もやられてしまっているんじゃないかと思うような深さだったが、神の目を持つ人は回復力もスピードも凄まじいようだ。これまでの傾向から考えると、数日休めば仕事に復帰できるだろう。
 キィニチはじっと包帯の巻かれたあたりを見つめている。そのまま唇が動いた。

「だが」
「……だが?」
「必ず帰ってくる」

 スッと視線が持ち上げられて、ふしぎな色の虹彩が私を見る。

「どんなに遠くに行っても、どんなに酷い怪我を負っても」

 酷いことを言っている気がする。私がさっき言ったこととは、まるで真逆だ。

「必ず、ナマエの元に帰ってくる」

 ぼんやりと目の焦点の合わなくなるような心地がした。縋るように伸びた手のひらが、ぐいと頭を引き寄せる。額がこつんと合わさって、まつげが触れてしまいそうな距離で、キィニチはまっすぐにこう言った。

「好きだ」

 その吐息まるごと飲み込ませるように、唇が合わさる。柔らかく触れただけで離れていった唇が、また言葉を紡いだ。

「ここにいてくれ。ずっと……」

 私は何にも言えなかった。その願いを受け止めることさえも怖かった。背中に腕を回されるのを受け入れて、そっと抱きしめ返してやることくらいしか、できなかった。


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