水底の太陽

—— tnk夢

 擬態語にすれば間抜けだ。どんぶらこ、どんぶらこ。天鬼は、川の中ほどに、脱力した人間の背を見付けた。
 何か考えるより先に、身体が動く。記憶は無い。が、身体は覚えているらしかった。頭上で両の手を揃え、最大限に抵抗を小さくした状態で、ぐんと身体をしならせる。地面を蹴る。とぷん。軽い着水音のみで、他は水の中に飲み込まれた。軽く手を広げ、掴むようにして水を掻く。——見えた。女だ。揺蕩う小袖へ手を伸ばす——掴んだ。ぐっと引き寄せ、抱きとめる。冷えているが、芯に体温が残っている。

 ——助かる。助ける。

 赤の他人のため、なぜ己がそこまで必死になっているのかは、分からない。けれども、少なくとも、目の前で罪なき命が失われかけている、というのはあまりにも許し難く、不快で、見過ごせなかった。
 浮かび上がるが、息ができない。覆面が張り付いているせいだ。天鬼は苛立たしげに白布を剥ぎ取り、女の顔を水上に出させた。青ざめており、呼吸をしない。二、三、頬をはたいてみたが、変わらなかった。天鬼は舌打ちを一つして、河岸へと進み出す。小柄な女と言えど、完全に脱力した人間だ。水の抵抗も大きく、岸に上がるのは容易ではなかった。

「ッはァ、は、……ッ」

 まず女を岸に押し上げ、呼吸を整えつつ、己も地上に戻る。白装束が水を吸って重い。

「おい」

 女を仰向けに転がす。水を多く飲み込んだのか、腹が小さく膨れている。ぱしぱしと頬をはたくが、反応は無い。

「おい。おまえ」

 ——ならば。
 天鬼は女の顎を少し上向かせると、深く息を吸い込んだ。女の鼻をつまみ、口を口でぴっちりと塞いで、肺へと呼気を送り込む。まだ。もう一度。まだ。もう一度。

「!」

 女の手がピクリと動いた。膨れた腹を圧してやると、苦しそうに身を捩る。もう少しだ。天鬼は腹を圧す力を強めた。

「ッ、カハッ……?! ッう、お、えッ……!!」

 女は目を見開いて、ごぼりと水を吐き出した。窒息しないよう、首を横に向かせてやる。だいぶ吐き出したように見えるが、まだ半分ほどのようだ。暴れる手足を押さえつけ、腹を圧し続けてやると、女はまたごぼごぼと吐いた。

「ハッ、ハァッ、ハァ、は……ッ」
「……無事か」

 天鬼が声をかけると、女はぼんやりとした視線を天鬼に寄越した。まだ視界が霞むのだろうか。焦点は天鬼とずれた位置にある。

「た、すけて、くださったん、ですね……」

 天鬼は否定も肯定もせず、ざっと女の状態を確認した。起き上がろうと試みる女の背を支えてやる。大きな外傷が見られないのは不幸中の幸いだが、冷えきっている。

「ありが、とう、ございます。何と、お礼をしたら、よいか……」
「礼には及ばん」

 抑揚の無い声で答えると、天鬼はぐらつく女の頭を己の肩に預けさせてやった。女は喘ぐような呼吸をしているが、今にも眠ってしまいそうだ。

「寝るな。死ぬぞ。城で手当を受けさせるが、よいな」
「は、い…………」

 ちゃんと聞こえているのか分からないが、とにかく是とは言った。膝裏にも腕を回し、軽々と抱き上げる。肌の触れた部分のみが温かく、天鬼は無意識に、女を強く抱き締めていた。

2024/12/27 by 紋田